2018年3月31日土曜日

ひきこもり  不登校 見守りかるた


社会は子どもたちの成長のためにいろいろな学びの方法や場を作ろうとしています。
学校という場で学べないからと言って、
子どもの価値を切り下げないでください。
見守るという言葉は難しいですね。
どのように行動することが見守ることなのでしょうか。
河合隼雄さんは、見守ることは一番心を使うこと、と言いました。
気持ちを離してしまってはいけないけれど、
子どもの心に必要以上に介入してはいけないとも。
子どもが不調になったとき、あなたの表情はどうなっていますか。
子どものくらい顔や怖い顔つき、ゲームに没入して無表情なのは、
親ごさんのつらそうな表情に気づいているからでは?
学校にどうやらしばらく行けそうにないとなったら、長期戦に備えましょう。
不安に押しつぶされそうなのは、あなただけではありません
まず、親子の関係をいものにすることが目標です。
その方が早く成長への途を見つけられるからです。
不登校の子どもはカタツムリに似ています。
触覚を出してゆっくり歩みだせるようにするのが、一番早道です。
同じ日本のどこかで、不安に押しつぶされそうだけど、少しずつ子どもと笑顔で一緒に活動できるように、近づきすぎたり遠すぎたり、反省したり、つい、怒ったりしながら暮らしている人がいます。
親戚や知人から、親として甘すぎると文句を付けられるかもしれません。当事者以外の人はなかなかわかってくれないのです。見えにくい頑張りをほめてくれる人が必要です
一緒に小さい変化の意味を探ってくれる人も。

  



案じるなゆっくり       
大人になってゆく
 
学校という場では、同じ年齢集団はそろって成長していくように錯覚させます。実際には児童生徒は一人一人、異なった成長の段階にいます。中学校に入学したのち不登校状態の生徒が増えるのは、他者との違いを認識することが発達の課題であるにもかかわらず、他者と同じであることを、集団の圧力が強要するからではないかと思います。自分であることを認識するために、どうしても他者と同じ行動をとることができなくなった時、身体が不調を訴えて、登校することができなくなるのではないでしょうか。





い 
いらいらをぶつけて
愛と言うなかれ

 部屋に引きこもり、たいていの時間をゲームに夢中になっている子どもの姿に、ほがらかでいられる親はめったにいません。腹が立つこともあって当たり前。ゲームをする余裕があるなら、学校にいけるはず、と思ったとしても不思議ではありません。
でもゲームしている子どもの気持ちは、決して余裕があるわけではありません。たとえば、大人のうつ病の方のことを考えてあてはめてみると、理解しやすいでしょう。うつ病の方は多くの場合、身体の状態も悪くなり布団の中でじっとしていたり、何もできずにいる状態にあります。そこから少しよくなってくると、何も考えなくてよい漫画や長いライトノベルなどを読むことができるようになります。ゲームに没頭している子どもの状態は、この段階に相当すると考えてみませんか。機嫌のよさそうなときに、ゲームの面白さについて聞いてみたり、一緒にゲームを楽しんだりすることも、話のきっかけを作ってくれるかもしれません。ゲームは焦りや不安を遠ざけてくれるかもしれません。しかし、事態を変化させるためには、だれかの力が必要だと、当人もわかっているはずです。







 うそじゃない計画立てる
 だけでいい

不登校状態にいる子どもは、もともと保護者から見ると手のかからないよい子だった場合が少なくありません。登校できなくなってからも気分の良い時は、保護者に対して、明るい将来を思い描いていると話すことがあります文化祭のあとから登校を開始する、とか、退学して高校の検定試験を受けてみなと同じ進度で大学受験をするなど、保護者が安心するような笑顔で、未来の計画を口にすることがあります。
そういうとき保護者はどのような態度をとるといいのでしょうか。
事実としてその通りに実行しなくても、そういう未来をイメージできたという現実を喜ぶことが重要だと思います。言葉にできるところまで頑張れたという事実を喜べば、一歩前に進んだことが実感できます。未来の計画を言葉にしてみたけれど、結局実行できなかった自分に、当人が一番傷ついています。でも回りの大人が、未来の計画をまず建てられたことを評価してくれたら、当人はほっとするでしょう。決して嘘や一時の思い付きで言ったわけではないのですから。まず、明るい未来を思い描く時間ができたことはすごいことです。





 遠慮して弟(おとと)妹(いもと)も
   黄信号

 不登校状態になった子どもに対して、保護者は関心を向け続けます。精神科医に連れていったり、適応指導教室への送迎や、教育相談センターへ当事者と保護者でカウンセリングに向かうなど。ともすると、通常通り登校して諸活動を楽しんでいる他の兄弟に対しては、関心が薄くなりがちです。しかし当事者以外の子どもたちは、登校できないでいる兄弟とそれを見守る父母が、息を詰めるようにして日常を送っているのに敏感になっています。何も完治しない風を装っていたとしてもです。その証拠に、当事者が登校を開始し保護者がやれやれと日常を送るようになったころに、兄弟が登校を渋るようになることがあります。子どもたちは、保護者の気分や感情を敏感に見抜き、可能な限り負担をかけないように気配りしていたのかもしれません。






   遅くない
   自ら学ぶ道見つけ
 
学校というのはとてもうまくできたシステムです。集団に適応し学習プログラムに乗ることができたならば、一定の知識とスキルと社会的な知恵がスムーズに習得できます。
しかしよくできたシステムだけに、どうしてもそこに順応できない児童生徒は必ずいます。自分の子どもが学校というシステムにどうしても合わなくなり、どうやら長期戦になりそうなときには、肚を決めるのが一番の早道です。
 自分の子どもはオーダーメイドの発達と学習の道筋を通って成長するんだ」ということを認めませんか。保護者は発達の道筋を阻むことだけはせず、無理のない範囲で進む道を照らすような作業ができたらいいと思います。




 

出発の時


出発の時

卒業式の季節ですね。
学業を終えた方、ご卒業おめでとうございます。
ご家族、先生方、おめでとうございます。

長男が中学2年生のとき、翌日の卒業式の参列をしたくないと言い出しました。特に在欧性としての役割もなく、ただただ号令に従って立ったり座ったりするだけだから、登校しないというのです。反抗期まっさかり、親が正論を言っても、たいてい言い争いになってしまう頃でした。でもその時、「卒業式や入学式は、当人以外の人がそこにいて、卒業の証人になることが一番大事」という私の言葉に意外とあっけなく説得され、翌日式に参列したのです。私はちょっと得意でした。でも今では、あの時母親の真剣さをきちんと受け止めてやろうとしたのは、息子の度量だったなあとわかります。私が救われたエピソードだったのですね。

うまくいかない人間関係でも、逃げるよりはきちんと向き合った方がいいです。するとほんの一瞬、結び目ができる瞬間があります。人の関係はその瞬間を大切にして切れそうでつながっている長い糸のようなものです。

長い間お世話になりましたが、この3月で岩瀬病院での月に一度の勤務を終えます。ここでは、主として職員の方のストレス緩和サポートを担当しました。相談で多かったのは、子どもさんの学校不適応に関することでした。多くの例でゆっくりと回復され、ご本人のペースでの発達を遂げられたのは、本当にうれしいことでした。皆様のご健康を祈ります。
6年間、ありがとうございました。

追記「不登校、ひきこもりの 見守りかるた」というのを作ってみました。
よかったら、御覧になってください。
                           平成30320
                                 心理士 吉村順子

2017年9月19日火曜日

こころころころ
ごあいさつ

初めまして、臨床心理士の吉村順子です。2011年の12月から月に一度、職員サポートの仕事を担当しています。普段は、横浜の小さな大学で心理学を教えています。

2010年の8月、大学からお願いした博物館の実習生受け入れへの挨拶で須賀川を初訪問しました。歴史を感じさせる小路と豊かな自然が町の中心部にあることに心が動かされました。3.11の震災のあと、須賀川がどのようになっているかとても気になっていました。その後偶然、知人の紹介で岩瀬病院に通わせていただくことになりました。不思議な縁を感じます。

ここでの面接から、震災のあと復興や新しい暮らし方の模索に奮闘される方々の存在に気づきました。もっと被害が多かったところもあるからと、荷の重い業務をこなして、自らを追い込んでいった方や、さして変わらぬ日常ながら子どもたちが漠然とした不安から不登校になっていった例を知ることになりました。多くの場合、ご家族の協力が得られて軽快していかれたのはうれしいことです。

心の問題は、だれかに話を聞いてもらうと、別の角度からの見方を取り入れることができたり、過度に自分を責めることから解放されたりします。ですから、おしゃべりは何よりの心の薬なのでしょうね。

自分や友人、家族のこころをやさしくなでてあげられるような情報や知識を書いていきたいと思います。どうぞ、よろしくお願いします。